寝ても覚めてもリンゴ・スター

ドラムとスピリチュアル、両方の目線で書いてます


今日も新しい絵を描く

誰にも邪魔されることはない

自分一人っきりのアトリエと向き合って

エネルギッシュに

ダイナミックに

思った通りの絵を描く

躊躇なんて必要ないし

気にすることなんて何も無い

自分一人のアトリエだからだ

外の世界は本当に刺激的で素晴らしい❗

私ももっともっと貪欲になる

そして

素晴らしい未来を手に入れるんだ❗


スポンサーサイト

家の中にこもりっきりの生活でなければ
外に出れば必ず誰かに会うし

仕事に行ったり、休日にはお友だちに会ったり
ドラムレッスンを受けに出かけたり。

銭湯になんか行ってしまえば、知らない誰かが
湯に浸かりながら私に話しかけてくる。

知っている人に会ったり
知らない人とお話したり

これってとっても刺激的だよね!

相手がどんな人であれ、自分とは全く違う人生を
生きて、違った風景を見ている人たちなんだよね!

こんな風な例え方をして良いものかどうかは
わからないけれど

決して失礼な気持ちなんかじゃなく、むしろ敬意を
持っての表現なんだけど

人と樹木は似てるかも

問いかけると答えを差し出してくれる!

人の中に
樹木の中に

時の流れという歴史や人生が血液として流れている

生きるって凄いと思うね。

迷いながら
後悔しながら
決断しながら
満足しながら
あるいは模索したり
腹を立てたり
幸福感に浸ったり

そして、そして、、

ちょっとした出来事に反応して、実はもっともっと
沢山の感情がうごめき湧き起こる

ハートっていうものはまるで宝石みたいだよ
常に磨くことで輝きが増すし
大切に扱わなければやがて曇ってしまう

ん~、もう、死んじゃったらこんなダイナミックな
経験なんてできないの!

今まで描いた絵がどんなにヘタレでもいいじゃん!

それはもう終わった絵。

それで、今日も絵を描いたし
明日もまた1枚絵を描く
生きてきた年数✕365枚の絵
重ねて連続して見ると自分の人生のパラパラ漫画

いい絵を描こうと意識をすることなの❗

全てにおいて、なんです❗



なんだかね、ドラムネタよりもスピリチュアルな
内容の方が増えつつあると思いました・笑

占い鑑定師さんからこのようなご連絡を受けたのです

霊体となっている犬が私についている良くない存在を
どかしてくれたと。

そのワンちゃんは戦いの末怪我をしていると。

どうやら私がどこかの前世で飼っていたワンちゃんらしい。

確かに。
今の私は犬は飼っていない。
どちらかというと猫派。

しかし、よーーく考えてみると、自分の周囲には何と
愛犬家が異常なぐらいに多いことに気づいたのです。

一人ひとりの名前とかはここでは書けませんが。

例えばですが、先日に私は職場で同僚を助けました。
精神的にまいっていた彼女を心から支えてやりたくて
話をじっくりと聞き、彼女の気持ちが落ち着くように
出来る限りの愛を送り注ぎました。彼女からは大変
感謝されましたが、その彼女も愛犬家でした。
そんなことは全く気にしていませんでしたが、霊犬が
私を守ってくれたという連絡を受けて、あっと思って
しまったのでした。

犬が寄ってきていたのですね。

人はこういう話をこじつけという言葉で片付けますが、
スピリチュアル界ではこじつけは存在しないと私は
思っています。

偶然はなく、全ては必然のみ。

目の前に起きた現象や耳に入ってくる情報をポジティブ
にとらえていくことで自己の成長につながるのです。

そう。
決して後ろ向きにならないこと。
ポジティブに見ていくことで道が開けていく。
自分の人生の道を開くのは自分自身でしかできない
ことなのです。

偉そうなことを書いてしまいましたが、ワンちゃんのことを
聞いたら無性に書きたくなりました。

さて。

今日はこれからドラムレッスン!

演奏、人柄、共に素晴らしい人間になるべく、
しっかりと学んできたいと思います。

明日、というよりも今日に日付は変わって

久しぶりのドラムレッスン。

本当に久しぶりでとてもうれしくてしようがない。

私は師匠とたまたまご縁があって、3年程の
指導を受けている。

ドラム演奏の事やお客様に対しての対応の
仕方や身のこなし・・。

本当に感謝してもしきれない気持ち。

信頼できる師匠に巡り会えた私はきっと
幸運の持ち主。

明日は、いや、今日はしっかりと学んで、まっすぐに
成長を遂げたいと思う。

人生は短いからね。

本当に欲しいものに時間をかけるべきなんだと思う。



最近仕事の帰りに図書館でビートたけしの本を
借りてきた。まだ読んでいる途中。

ビートたけしの本を初めて読んでいるけど、
彼として捉えた事の本質を彼の言葉で素直に
正直に書いてあって、とても刺激的。

北野さんの本を初めて今回手にとった事で彼は
他にどんな本を書かれているのかなと少し
興味が湧いて探してみたら

星を題材にした絵本を書いているのね・・
とても素敵だなと思った。

天から頂いた知識や発想、降ってきたアイディアを
自分として表現することができる方なのだなと。
人はそういうのも含めて才能と呼ぶみたいだけど、
自分を素直に信頼できている、神の子なのだと思う。

そのうちにふと

ネット上にある発言やコメントなどブログとかツイッター
とかのネット媒体と紙で出版されている本という媒体

どう違うのかしら・・なんてね、思っちゃった。

鮮度で言ったらネット媒体だけれども、じゃあ本は
出版されて人の手に取って読んでもらえた時点で
鮮度落ちしているのかというとそういうわけではない
よね。だから昔に書かれた古い本の中に未だに新しい
発見があったりする。すでに鮮度落ちしている本なら
さっさと捨ててしまってもいいはず。

そして、本にはページをめくる時に扉を開く感覚が
手から体全体に伝わってくる。これはネット媒体には
できないことだから。

ネット媒体はいくらでもアップした後に修正をかける
ことができるし、削除もできるけど、本はそんなことは
できないわけで、だから作者以外の人が何人も関わって
チェック作業をした上で出版されている。それでも
誤字のある本があったりするけど、それを見つけると
「あ、チェック漏れかな」とか思う。人というのはミスを
するものなのだとふっと微笑んだりしてしまう、ミス
をクスッと笑う温かい瞬間があるんだけど、ネットには
それが無いんだよね。言い方悪いけど、ヤバくなったら
削除してずらかる、これができてしまう面がネット上には
あると思う。

まあ、そんな心持ちで私はブログを書いているわけでは
ないし、他の人たちもそうだとは思うけど。

北野さんみたいに思った事を本にして出版してみたいな、
自分の確固たる意志を紙媒体に残して世を去りたいと
思わせてくれる内容でした。

ちなみに本のタイトルは

「やっぱり私は嫌われる」

でした。

たけしさんの発言を世の中は「辛口」というのだろうけど、
私はそうは思わない。「正直」に言っているだけだと私は
思う。本に書いてあったわけではないけれど、世の中は
いらないものやくだらないことが多すぎるんだから、いら
ないものはいらないものとしてちゃんと素直に正直に認識
して、振り回されないようにすることがすごく大事じゃない
かなと最近思う。何故かと言うと世の中はいらないものを
さも必要なものとして差し出してくるからだ。

人生はだいたい100年だから、本当に短すぎる。

200年という寿命が大体の寿命だというふうに変わった
なら、きっともっとおおらかに生きられたかもしれないけど、
もしかしたら、まったりしてしまうことで生きるエネルギッシュ
さを失うかもしれないね。もし、200年の寿命があったなら、
今の私はまだまだ若者だということになるし、体もまだまだ
成長期にあるというふうになるんだろうな。歯ももう1回位は
生え変わってもいいかもしれない。

短いと感じるからこそ、必死になれるのかもしれない。
だからといってあくせくしてしまえば単に焦りに変わって
しまう。

書くことは楽しいよ。
書きながら自分がどういう考えを持っているのか把握
することができるし、少し前の自分からは成長できて
いるなとかもわかったりする。

歳を取るのは悪くない。歳を取りながら認識や知識が
深まっていく。さらにもっと自分を追求したくて、もう
ちょっと寿命が長かったらいいのになって思ったり
してしまう。

人はみんな自分の人生を完成させるべく生きていると
思う。

自分のマスターになる。

自分の人生の手綱は自分が常に握っていなければ
いけないんだと思う。